韓国との歴史認識の共有は可能かを探る
by 699yabuhebi
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朝鮮王の地位

1、李氏朝鮮初代の王となった李成桂(女真族「李・ウルスブハ」の子)は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。

 このとき、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
 世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ1カ国である。
 本来ならこの一事を持って、朝鮮が中国の属国であったことを、何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを決して認めないのである。

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 ちなみに、2つの画像は上が中国の皇帝、下が朝鮮王である。中国皇帝が竜が九匹で黄色い官服であるのに対し、朝鮮王は竜が三匹で赤い官服である。

 赤は、「中国皇帝に忠実に仕える臣下」を示す色だそうです。

龍の数は、皇帝は九匹、それ以下一匹ずつ減り、最低ランクは一匹だそうです。赤い服を着た人は三匹ですね。
 皇族は八匹~七匹、大臣級は六匹~五匹、地方の役所の長(知事クラス)は四匹~三匹。つまり、竜が三匹というのは、中国の官制でいえば、県の長官あるいはそれ以下の位階なのである。


2、韓国人が誇るものの中に「東方礼儀の国(邦)」という朝鮮を指し示す言葉がある。
 この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、これは中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。
 即ち、中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽くしてきた朝鮮へ中国が上記の「東方礼儀の国」という言葉を贈ったのである。
 直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだが、皮肉なことに、この意味を韓国人は全く理解していないのである。
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 「大清国属高麗国旗」という黄色地の大極旗がみえる。その下には、黄色地の国旗の前で中国への服属を誓う盧武鉉氏の画像がある。後ろの中国の役人も嬉しそうだ。盧武鉉氏も漢字が少しでも読めれば、これほどの失態を演じずにすんだであろう。無知とは悲しいことである。


3、中国王朝の属国としての歴代朝鮮の国王は、原則的には皇帝の臣下と見なされる。

 朝鮮国王は中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。ちなみにこの当時、朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝の北洋大臣や直隷総督などであった。つまり国王というのは形ばかりのものであって、決して主権国家の元首として扱われていたのではないのである。
 さらに朝鮮国王の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的である。
 満州人の使節が来ると、朝鮮国王は自ら高官を引き連れて迎恩門まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて使節に9回土下座をする。宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だった。

 ・朝鮮国王は清の皇帝によって任命される。
 ・朝鮮国内の事件は全て皇帝に報告しなければならない。
 ・朝鮮国王は清の使節をソウル城門まで出迎えなければならない。
 ・朝鮮国王の地位は、清国の廷臣よりも下。
 ・朝鮮政府には、貨幣の鋳造権すら与えられてない。
 ・朝鮮政府には清国への食糧、兵士提供の要求権もない。
 ・朝鮮は清国に細かく定められた貢品を出す以外に、毎年、牛3000頭、
  馬3000頭、各地の美女3000人を選り抜いて貢がなければならない。

 このように、朝鮮の地位とはとても低いものだったのである。
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▲中国の使いに対して土下座する朝鮮国王の碑

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▲日清戦争によって認められた朝鮮の独立を祝って1895年に建てられた「独立門」。「迎恩門」のあった場所に建てられた。

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▲1895年に独立門が建設された際に壊された「迎恩門」。こで歴代朝鮮王は中国の使節に対し、地にひざまずいて9度の土下座を捧げた。
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by 699yabuhebi | 2006-12-17 23:13 | 中世・近世史
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