韓国との歴史認識の共有は可能かを探る
by 699yabuhebi
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朝鮮の建国伝説

 朝鮮総体の建国伝説については、箕氏朝鮮についての伝説と檀君伝説の2つがある。

【箕氏朝鮮】

 箕氏朝鮮についての伝説によると、箕氏は徳のある人物で、はじめ中国殷王朝の最後の王である紂王に仕え、紂王が滅んだ時に紂王の横暴な行いをいさめて逆鱗に触れ、幽閉された。箕子は、殷を放伐した周の武王によって、牢獄から助け出された。武王は箕子に諸侯の一員となって欲しいと望んだが、滅ぼされた殷王朝の一族としては敵となる武王に仕えるのをよしとせず、当時は漢民族の諸侯の北辺である燕(えん・現在の北京市の周辺一帯)のさらに北東に接して現在の朝鮮半島北西部までの地域に朝鮮国をつくり、三千人の家臣を引き連れて移住し、武王によって箕子が朝鮮王に封ぜられ、朝鮮の民の教化に務めたという。

 この伝説は、司馬遷の「史記」にのみ記述がみられ、朝鮮側には文献上も伝承としても類話がなく、それらしい遺跡もないという。
 ただし、後の儒者が文献に取り入れたり、李氏朝鮮の時代に「箕氏廟」が平壌につくられたりしている。


【檀君伝説】
 もうひとつの朝鮮建国神話が、檀君(だんくん、タングン)伝説で、それは次のようなものである。

 中国伝説上の君主尭帝即位50年の年に、天帝桓因(かんいん、ホワンイン、帝釈天の別名)の庶子の王子桓雄(かんゆう、ホワンウン)を人間世界を治めるため地上に降ろすことになった。桓因は桓雄に天符印を三個(剣・鏡・鈴あるいは剣・鏡・曲玉の神器)授けて、「天下って人間界を治めてみよ」と命じた。桓雄は三千の供を率い、太白山頂上の神壇樹(栴檀(せんだん))の木の下に天降り、そこを神市と名づけた。桓雄は風伯・雨師・雲師の三神をしたがえて、穀物・命・病・刑・善悪など人間に関する360余事を司り、人間界を治め、教化につとめた。
 天降った樹の下の洞窟に住む一匹の熊と一匹の虎とが桓雄をしたい、人間になって忠義を尽くしたいと願ったので、桓雄はもぐさ一束とにんにく二十本を与え、洞窟にこもって百日間の修行をすることを命じた。ところが気短な虎は修行に耐えられず逃げ出してしまって人間になりそこねた。熊は首尾よく修行を全うして美女と化した。そこで桓雄はその熊女を娶って王子の檀君王倹(おうけん、ワンゴム)を生ませ、王倹は平壌城(別名を王倹城。今の平壌ではないとする説もある)に都を定め、はじめて朝鮮の国を開いた。その後、都を白岳山の阿斯達(あしたつ、アサダル)に移し、1500年間国を治めたが、周の武王が箕氏を朝鮮に封じたので、蔵唐京に移り、のちに阿斯達にもどって山に隠れ、山神になった。1908歳もの長寿を全うした。

 この説話がはじめて文献としてみられるのは、高麗後期の僧一然(1206~1289年)の説話集「三国遺事」である。箕氏に言及しているところから、一然が司馬遷「史記」を読んだことは明らかである。
 後に、この檀君による建国の年は、「尭帝即位50年」という記述を根拠に西暦紀元前2333年だとされた。
 なお、韓国国定国史教科書では紀元前7世紀の韓半島における青銅器遺物の出土を根拠に「檀君朝鮮は歴史的事実である」として子どもたちに歴史を教えている。
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by 699yabuhebi | 2006-12-24 11:28 | 韓国史のはじまり
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